天才は誰か

前回エントリで、天才の定義は「生まれつき持つ優れた才能」に加えて「きわめて独自性の高い業績を残した者」と紹介した。ここ50年位のシングルフィギュアスケーターから挙げるとするなら、キム・ヨナだろう。それより以前、殊に1960年代より前の世代になると判断は難しくなるが、音楽に合わせて滑るフリースケーティングを考案したジャクソン・ヘインズ(米国)や世界選手権で女性であるのに男子シングル2位の成績も持つマッジ・サイアーズ(英国)もまた加えて良いかもしれない。いずれも現役時より出色で、引退後もフィギュアスケート界に大きな影響を及ぼし、またその発展や普及に貢献してきた者たちだ。様々なものを吸収できる柔軟性を併せ持つ事も、3人に共通する特徴といえる。期せずして、大体100年に1人といったペースになる。

話をキム・ヨナに戻す。彼女の業績を見てみると、ジュニア時代から引退まで1度も台落ちしていない。これだけでも大変な偉業である。しかし何より、フィギュアスケートがその歴史をして、連綿と追い続けた欧州系のコンパルソリーを端とする「技術」と米国系の音楽に合わせた興業から発展した「芸術」の融合を成功させた-難解な共通解を解いたと言ってもよい-事が特筆に値する。順位こそ1位にならずとも、2008-2009年シーズン以降、実際並ぶ者はいなかったと言っても良い。

きわめて独自性の高い業績はどうか。母国のフィギュアスケート環境におけるあらゆる資源刷新やクリケットという一大クラブというよりシステムの契機となり、シングル女子のジャンプ構成モデル(ショートに1回、フリーに2回のセカンドトリプル)を生み、全体にスピード保ったままプログラムを実行してみせ、自身の強みを研究した上でプロトコル対応する方法を提示し、ショートプログラムでジャンプのミスをしない事の重要性を証明する、など数多くの業績を残した。これらはソチ五輪後における女子シングルのベースモデルとなり、それは今なお続いている。男子シングルにも強い影響を及ぼし、共通して「新採点プログラムが要求するもの」の理解普及へ具体性を持たせる事にも貢献する事となった。

さらに言えば、国の期待をただ一身に背負って勝ち続け且つ重要な試合でミスしない精神力の強さ、衣装とリンクしたプログラムの設計概念をこれ以上ない形で表現する象徴的な決めポーズの確実な実施、そして何より最初から最後まで水の流れるようなしなやかで優美な一連の動き、と単なる試合に収まらない非常に作品性の高い演技をするスケーターでもあった。技術的側面を強くして換言すると、卓抜した総合的制御能力といえる。

それにつけても世の皮肉よ。