脳はただそれ自身が進化する


2005年11月に、NHKスペシャルサイボーグ技術が人類を変える」が放送された。


数々の衝撃的な内容が詰まっていたのだが、特筆すべきは、脳にインプット(入力)できる技術がすでに実現化しているという事だ。「脳にインプット」といっても、ピンとこないかもしれないので、少し内容を紹介したいと思う。


笠井さんという、7年前に事故で右腕を失った中年女性がいる。彼女は東京大学精密機械工学に協力し、5本の指を持つ手のひらの付いた、機械の右腕を動かす訓練を半年前から続けてきた。ここまでは、今までにもあった話のように思うかもしれない。最大の特徴は、機械の手を通じて物に触れたかどうかが分かる、という点だ。例えば、ミカンと掃除機とでは掴む力が異なるのだが、それを脳で感知して制御できるのだ。機械の手が物に触れて圧力センサが押されると、圧力センサが読み取った内容を人間の身体に普段流れている電気信号へ変換されて腕の神経へ伝わり、最終的に脳へ伝わるしくみだ。
非常に興味深いのは、笠井さんは訓練する内、次第に機械の手が”自分の腕”という感覚を持つようになった事だ。
「トレーニングしていく内に、だんだん自分の手がここにあるという感覚が強くなってきて、いつまでも無くならないようになってきました。」


この例は体の神経を経由した脳へのインプットだが、直接脳へインターフェースを取り付け、信号を送る技術もすでに存在する。あるパーキンソン病の男性は、脳に電極を埋め込まれ、症状を引き起こす部分に電気的刺激を与えることで症状を抑えられるようになった。スイッチは胸に埋め込まれており、オン・オフをリモコンで切り替える事ができる。オフにすると、5分かそこらで立つ事もしゃべる事もできず痙攣まで始まるが、オンにするとやはり5分かそこらで通常の人と見かけ上何ら変わらなくなる。冗談のように劇的な変化だ。ちなみに、ジストニアにも効果がある。
聴覚障害の男の子は脳へ機械(人口内耳)を取り付け、何とヴァイオリンを習うことができるまでになった。これは他の人口内耳を付けた子供たちの中でも特に成功した例であり、単に音声が判別できるようになっただけでなく、音色まで理解できている事を意味する。脳がより人口内耳を上手に使えるよう進化したのだ。
さらに、うつ病の患者へ電気的な信号を与えると、11人中8人に症状の改善が見られた。人は悲しいとき、帯状膝下野 (CG25) が非常に活性化する事を発見された事が、この治療につながっている。CG25に電気信号を送ると、今にも自殺しそうだった人が、買い物を楽しむまでに回復したのだ。他の感情を司る中枢が見つかったら、それも制御できる可能性があるという。

感覚はもちろん感情すらが、実は「それだけは揺ぎない真理」ではない事を、分かりやすく証明されてしまった。


これまでは脳からのアウトプット(出力)に注力されてきたが、脳へ脳が理解できる信号をインプットする研究によって、外部から直接他者の体を動かす事が可能となった。高度な技術開発に対して、すぐに悲観的な展望を見る向きがあるが、あえてその方向で考えられる簡単な例を出す。駅のホームにいる人間の脳に信号を送って口の周りの筋肉を動かないようにし(しゃべれなくする)、電車がくるタイミングを見計らい、次に足の筋肉に信号を送って線路に向かって歩かせるのだ。一見ただの自殺にしか見えない。
米軍は生きたネズミの脳に電極を埋め込んで、リモートから任意の方向へ歩かせることのできる、脳コンピュータ・インターフェース技術を持ち合わせているそうだ。すでに、爆弾やカメラを背負ったネズミが、実運用されているかもしれない。


人は心について語るとき、手を胸にかざす。
その手を胸から頭へかざすようになったとき、人は扉をあけて新しい領域に住めるようになれる気がした。




◇実はこれ、映画『A.I』に対する、某Blogの感想を見て書くことを思い立っていたりする。私自身SF映画好きという事もあり、映画館でこの作品を鑑賞したのですが、非常に驚いた記憶がある。
別に啓蒙をしたい訳ではない。ただ、そのBlog管理者さん達に現状を紹介し、何かを感じてもらえればと思う。


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